昨日、Kindleで太宰治の『禁酒の心』を読みました。
タイトルからして「禁酒について書いた作品」なのですが、読んでみると、思っていた以上に酒にまつわる人間の姿が面白く描かれています。
そして読み終わって、ふと思いました。
「そういえば、自分も少し前まで、かなりお酒のことを考えていたな」と。
減酒を始めて約2カ月半。禁酒も2カ月を超えました。
今では、以前のように「飲みたいなあ」と思うことがほとんどありません。
太宰治は、やっぱりお酒が好きだったんだな
『禁酒の心』を読んで最初に思ったのは、太宰治は本当にお酒との距離が近かったんだな、ということです。
いや、「好きだった」というだけではなく、かなり酒に振り回されていたんだな、という印象でした。
酒が手に入りにくかった時代ということもあり、どうやって酒を確保するか、どうやって少しでも多く飲むか。
酒をめぐる人間の姿が、ユーモラスに、そして少し辛辣に描かれています。
読んでいると、「そこまでして飲みたいのか」と思ってしまう場面もあります。
酒が好きな人間の気持ちを、酒好きだった太宰治自身が、少し離れたところから眺めているようにも感じました。
もちろん、作品を読んだだけで太宰治という人を語れるわけではありません。
ただ、『禁酒の心』を読んでいると、酒というものが人間の生活に入り込んだときの面白さや怖さは、今も昔もそれほど変わらないのかもしれないなと思います。
以前の自分も、ずいぶん酒のことを考えていた
そんな作品を読んでいると、自分の以前の生活を思い出しました。
お酒を飲んでいた頃は、仕事が終われば「今日は飲むぞ」と考える。
そして、飲むとなれば「おつまみは何にしようかな」と考える。
スーパーマーケットに行けば、お酒に合いそうなものを探す。
晩酌をしながら、もう一杯飲むかどうか考える。
今思えば、かなりの時間を「お酒を飲むこと」に使っていました。
もちろん、それが楽しみだった時期もあります。
だから、当時のお酒の楽しみを全部否定するつもりはありません。
ただ、今振り返ってみると、いつの間にか「飲むこと」が毎日の習慣になっていたのも事実です。
禁酒を始めて2カ月。今では「飲みたい」と思わなくなった
減酒を始めて約2カ月半、禁酒を始めてからは2カ月を超えました。
そして最近、自分でも少し不思議に感じていることがあります。
今では、「お酒を飲みたい」と思わないのです。
禁酒を始めたばかりの頃なら、「飲みたいけど我慢する」という感覚があったと思います。
ところが今は、そもそも「今日は飲もうかな」という発想が出てこなくなりました。
以前なら、仕事が終わると自然にお酒のことを考えていたのに、それがなくなっています。
「今日は何を飲もう」ではなく、普通に夕食を食べて、一日が終わる。
それだけです。
何か特別なことをしているわけではありませんが、これは自分にとってかなり大きな変化でした。
睡眠の質が上がって、体調もかなり良くなった
禁酒してから感じている変化の一つが、睡眠です。
以前より睡眠の質が上がったと感じています。
その影響もあるのか、最近は体調もかなり良いです。
もちろん、体調の変化にはいろいろな要因があると思います。
禁酒だけが理由だとは思っていません。
ただ、自分の場合は、お酒をやめたことと生活全体を見直したことが重なって、以前より調子が良くなっているのは確かです。
そして、最近取り組んでいる腸活にも、減酒・禁酒はつながっていると思っています。
食事を少しずつ見直し、お酒を減らし、今では禁酒も続いている。
一つひとつは小さなことですが、こういう積み重ねが普段の体調を作っていくのかもしれません。
「酒を我慢する」から「酒がなくても平気」へ
禁酒を始める前は、「お酒を飲まない生活なんて続くのかな」と思っていました。
何十年も習慣になっていたものをやめるのですから、当然といえば当然です。
でも、2カ月を超えた今は、少し考え方が変わりました。
お酒を我慢しているというより、お酒がない生活が普通になってきたのです。
これが一番大きな変化かもしれません。
「飲んではいけない」と考え続けるのではなく、そもそも飲まない。
すると、その分だけ別のことに時間を使えます。
本を読むこともできます。
ブログを書くこともできます。
夜に少し散歩することもできます。
何より、翌日のことを気にせず眠れる。
以前は当たり前だと思っていたことですが、今になって、そのありがたさを感じています。
これからも一生禁酒なのか?
では、この先も一滴もお酒を飲まないのか。
そこまで決めているわけではありません。
お祝い事や記念日など、特別な機会にお酒を飲む可能性はあります。
ただ、その場合も乾杯の一杯くらいでいいかなと思っています。
以前のように「今日は飲むぞ」と構える必要はありません。
普段は飲まない。
特別な日には少し楽しむ。
そんな距離感でもいいのではないかと思っています。
太宰治の『禁酒の心』を読んで、自分の今を考えた
『禁酒の心』は、単純に「禁酒したほうがいい」という話ではありません。
むしろ、酒をめぐる人間の姿を面白おかしく描いた作品として読めました。
その作品を、今まさに禁酒している自分が読む。
すると、太宰治が描いた酒飲みの姿を笑っているだけではなく、「少し前の自分も似たようなものだったな」と思うところがあります。
あれだけ「今日は飲むぞ」と考えていたのに、今では飲みたいと思わない。
人間の習慣というのは、不思議なものです。
そして、習慣が変わると、時間の使い方も少しずつ変わってきます。
資産を増やすことも大切ですが、こういう毎日の小さな変化も、50代になった今の自分には大切なことなのかもしれません。
まとめ
- 太宰治の酒にまつわる描写が面白かった
- 減酒を始めて約2カ月半、禁酒は2カ月を超えた
- 今では「飲みたい」と思うことがほとんどなくなった
- 睡眠の質が上がり、体調もかなり良くなった
- 減酒・禁酒は最近取り組んでいる腸活にもつながっている
- 普段は飲まず、特別な日に乾杯の一杯を楽しむくらいでいいと思っている
禁酒というと、「何かを我慢する」というイメージがあります。
でも、今の自分にとっては少し違います。
お酒を飲まないことで、毎日の時間が少し増えて、睡眠も整い、体調も良くなった。
結果として、以前より楽に暮らせるようになりました。
何かを減らすことで、逆に生活が豊かになることもある。
これも50代になって、少しずつ分かってきたことの一つです。
太宰治の『禁酒の心』を読みながら、そんなことを考えた次第です。
50代おっさんの酒のない日常も、今日もそんな感じです。
『禁酒の心』を読んでみたい方はこちらからどうぞ。
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ふぉーちゅん
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